大阪でこそ煎茶道をするべき理由

こんにちは。

https://yokusenchadou.online/煎茶道大阪上本町教室の翼仙(よくせん)です。

当教室は、いま大阪上本町で中心に「煎茶道教室」を開講しています。

日本三大芸道(にほんさんだいげいどう:茶道、華道、香道)は有名ですが、その中でも茶道に含まれる煎茶道という習い事を、みなさんはご存じでしょうか。

煎茶道(せんちゃどう)とは

煎茶道というのは、茶道の一流派で、急須(きゅうす)をもちいて茶葉(ちゃば)をお湯にひたして、お茶を淹(い)れる流派のことです。

しようする茶葉は、名称にもなっている煎茶(せんちゃ)以外にも、旨味(うまみ)が特徴的な玉露(ぎょくろ)や香りが良い紅茶(こうちゃ)、ほうじ茶、さらには日本酒など、茶会でお淹れする嗜好品(しこうひん)は多岐(たき)にわたります。

煎茶道は、江戸時代に中国から伝わってきた文人趣味(ぶんじんしゅみ:書や漢詩など風流をたのしむ趣味)や黄檗禅宗(おうばくぜんしゅう)と合流し、抹茶の茶道にはない、独自の進化をとげてきました。そのため文化サロンの要素がつよく、”文化をたのしむ”ことをメインとした文化だといえます。

煎茶道を趣味としておこなっていた著名人としては、江戸時代の画家である伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)、明治時代の日本画家である富岡鉄斎(とみおかてっさい)、みなさんご存じの文豪・夏目漱石(なつめそうせき)などがあげられます。

煎茶道東叡山翼仙教室のお稽古の様子です。
煎茶道 大阪上本町教室の様子

なぜ大阪で煎茶道なのか

なぜ大阪で開講することになったかというと、大阪が煎茶道の聖地だからです。

大阪にかつて「木村蒹葭堂(きむらけんかどう)」という、文人画家、商家がいました。煎茶道中興の祖である禅僧「高遊外売茶翁(こうゆうがいばいさおう)」に師事しており、あの高名な伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)とも交流があったそうです。木村蒹葭堂は、当時茶の湯が栄えていた大阪に、煎茶趣味という新しい風を起こし、定着しました。別名”なにわの知の巨人”と称され、当時の知識人たちをあつめて文化について語り合う大阪サロンを開いていたそうです。

大阪なにわの知の巨人「木村蒹葭堂(きむらけんかどう)」
大阪なにわの知の巨人「木村蒹葭堂(きむらけんかどう)」

また煎茶趣味が大阪に定着し、日本ではじめての花月庵流(かげつあんりゅう)という最古の煎茶道家元(せんちゃどういえもと)もうまれ、大阪は名実ともに、煎茶道の聖地となりました。

なぜ大阪で煎茶道が根付いたのかというと、おそらくですが、大阪人の気質に、”文化を楽しむ煎茶趣味”という性質があっていたのだと思います。

ユーモアが好きで、楽しいことが好き。そして当時日本最大の港である大阪港があり、文化の集積地であったという地理的条件。

そんな大阪で教室をすることによって、より煎茶道というものが理解できると思います。

みなさん、ぜひ大阪で休日の趣味をお探しのときは、煎茶道というものもリストに入れてみてくださいね。

翼仙の煎茶道教室はこちら。