沖縄県の”やちむん焼”について

みなさんは”やちむん”ってワードを見たこと、聞いたことはありますか。

沖縄に行った人は、なんとなく那覇空港やお土産屋さんで見たことがあるかもしれません。

やちむんとは、沖縄を代表する工芸品でして、そのデザインや愛くるしいフォルム。一度お気に入りの作品をみると買うまで離れられなくなります。

粘度で焼き上げる陶器ですが、煎茶道の茶碗や水注、日常でも使用できる酒器や菓子皿などレパートリーも多いので、ここを見逃すわけにはいけません。今回はそんなやちむん焼(壺屋焼)をご紹介します。

地方文化を盛り上げたい。

私ごとですが、地方文化や伝統工芸をもっと盛り上げたいと思っています。

いま日本の社会問題としてあげられる伝統産業の担い手不足や、地方からの若者流出、人口減少、限界集落問題などがあります。

たくさんの要素がかさなって、こういった社会問題が発生していますが、わたしは地方文化や伝統産業の魅力をもっと広報PRすることで、サポートしていきたいと考えています。

地域の人がみんなで守ってきた文化や風習、慣習。そこには優しい魅力があり、その魅力を発信して理解してもらうことが地域への愛着につながり、問題解決の小さな糸口になると考えおります。

みんな地方文化を盛り上げましょう!

やちむん焼(壺屋焼)とは

沖縄県やちむん焼の酒器カラカラや嘉瓶(ゆしびん)

やちむん焼(壺屋焼)とは、沖縄県で古来より生産される陶器のことで、厚めの素地に釉薬を付けて焼成するためどっしりとした雰囲気の焼き物です。

やちむん焼(壺屋焼)と分かりにくい表記をしておりますが、やちむん焼の語源・由来は「焼き=やち」「もの=むん」という音の変化にあります。

つまり沖縄県の方言で焼き物全般のことを表しています。

沖縄県には、読谷村や壺屋焼通りなど焼き物エリアがあるので、その総称であり、壺屋焼は沖縄を代表する焼き物の名称であるため、このような表現を使わさせていただきます。

やちむん焼の特徴とは

やちむん焼(壺屋焼)の焼き方は2種類あり、上焼(じょうやち)と荒焼(あらやち)に分かれます。

上焼は,赤土の素焼きの粘土に白土で化粧がけをしたり、釉薬をかけた皿やお碗などにつかわれる名称です。釉薬とは、つまりはガラスコーティングですので、水漏れがしにくく、汚れがつきにくいため、酒器や花器など日用品によく使われます。

荒焼は釉薬をかけずに焼き締めで行うもので、水甕や酒甕につかわれることが多いです。荒焼の見た目の例としてこちらの動画をご覧ください。琉球瓦(りゅうきゅうかわら)のオレンジ色をイメージした、シーサーが描かれたやちむん焼コースターです。

沖縄のやちむん焼(壺屋焼)の赤土コースター

バドワイザーのカンカンを置いているのですが、水分の吸収がはやく重宝しています。

珪藻土より使い勝手がよく、沖縄の赤土の特色がよくでており、愛着がわく一品です。

やちむん焼(壺屋焼)の歴史とは

沖縄県の焼き物の歴史は、沖縄本島の地理的条件が派生していると言われています。

今一度こちらで沖縄諸島の地理的状況をご確認ください。

東シナ海に面しており、台湾や中国の国名が見えます。

つまりユーラシア大陸や台湾、東南アジアと日本の中間にあります。

沖縄は古くから様々な国の文化や慣習を取り入れて進化してきた歴史をもっています。

沖縄県の特徴的な赤土の瓦屋根

沖縄本島では古くは6000年以上前の土器が見るかっており、生活雑器や日用品は、自分たちのエリアで材料がまかなえていました。やがて15世紀には朝鮮、タイ、ベトナム、日本から陶磁器を輸入するようになりました。かつては沖縄本島でよく見られる”城(ぐすぐ)”の瓦などをメインの使用用途であった沖縄の焼物も、こうした海上貿易などの影響を受けることで、焼物としての質が高まり技術の向上につながっていったといわれています。

また江戸時代初期には、九州を中心に活躍していた朝鮮人陶工が、薩摩経由で沖縄に渡ってきました。中国の官窯もあった朝鮮国の高い技術力を吸収し、さらには1682年に琉球王朝が工芸産業振興制作の一環として、沖縄全土に点在していた有名な窯を、”壺屋通り”に集め、そこから”壺屋焼”と呼ばれ、沖縄の焼き物はさらに技術力を高め発展していきました。

しかし明治維新後には西洋の大量生産・大量商品の流れが沖縄にも押し寄せ、安い陶磁器の登場にやちむん焼(壺屋焼)もピンチを迎えました。危機を迎えたやちむん焼(壺屋焼)でしたが、日本本土でおこった”民芸運動”の影響もあり、やちむん焼の”実用の美”という部分にスポットライトがあたり、益子焼の濱田庄司(はまだしょうじ)、京都の河井寛次郎(かわいかんじろう)などが相次いで来県、民芸窯の特徴も加わり、やちむん焼の人間国宝になった金城次郎などの優秀な職人が生まれるまでになりました。

やちむん焼(壺屋焼)がうまれた沖縄へ行ってみた。

那覇国際空港に降り立ち、レンタカーで近くの海によると、沖縄が日本ではないかのような異国情緒な雰囲気を感じます。

まずはこちらの海の画像をご覧ください。

美しい沖縄県の海(iPhone8の通常カメラで撮影、加工なし)

恐ろしいほどの透明度の高さ、そして沖に行くにつれ、エメラルドグリーンの色合いになっていきます。

これは沖縄の地理的特徴である”琉球石灰岩”(りゅうきゅうせっかいがん)が理由です。

琉球石灰岩とは、ようはサンゴ礁が石化したもので、白に近い灰色のような色合いです。じつに沖縄県の30%がこの琉球石灰岩だと言われており、深いところだと150メートルの深さまで、その石灰岩の地層のエリアもエリアもあります。

太陽光が海に差し込むと、この白い石灰岩が粉砕されたできた砂浜が反射し、このような美しい海を形成するのです。

この琉球石灰岩は、やちむん焼にも影響を与えています。この石灰岩の地層を発見し、赤土の粘土でしか作れなかったやちむん焼の表面に琉球石灰岩を白土としてまぶすことにより、”絵付け”ができるようになったのです。

自然の力はすごいですね。

沖縄の人気観光地「やちむんの里」へ

「やちむんの里」とは、読谷村にある沖縄家屋が連なる趣のある集落です。それぞれ”独立して営業”している 19の工房が集まるエリアで、人間国宝となった金城次郎氏の北窯をはじめ、はじめての方でもやちむん焼を楽しめる様々なお店が集まっています。

沖縄県やちむん焼の登り窯

こちらの画像は、ここやちむんの里の共同登り窯です。

赤土の瓦屋根で覆われて家屋のように見えますが、じつは何段にも上に連なる巨大な登り窯です。

岡山県の備前焼(びぜんやき)や常滑焼(とこなめやき)など、有名な窯場には必ずこれほどの大きな登り窯があります。

那覇空港に到着し、南方植物やエメラルドグリーンの海ばかり見てきて、エスニックな雰囲気漂う沖縄ですが、この登り窯をみて、やはりここは日本だと再確認しました。

やちむん焼をみるならここ「壺屋やちむん通り」

ここ「壺屋やちむん通り」は、沖縄国際通りからすぐの場所にある、とくに”壺屋焼”(つぼややき)といわれる”やちむん”の窯元や販売店、工房が軒を連ねて並ぶ通りです。赤土の瓦屋根の木造家屋もおおく、昔ながらの面影を残す観光スポットです。

沖縄県の壺屋焼通り

 にぎやかな国際通りとはうって変わって、ゆるりとした時間が流れるノスタルジックな雰囲気です。

それもそのはず、先述したように、ここはかつての沖縄で一番発展していた焼き物の里です。

かつての琉球王朝の行政施策で沖縄全土に点在していた窯元がここ”壺屋通り”にあつめられ、焼き物をつくり、中でも真水が貴重な沖縄で需要の多かった水甕や壺を生産することが多かったため、この”壺屋”という名前が付けられたとか(諸説あり)です。

那覇市立壺屋焼博物館

こちらも国際通りからほど近く、古くから沖縄の陶業の中心地として栄えた壺屋の地に建設されたヤチムン(焼物)の博物館です。 沖縄・壺屋の焼物(やちむん)に関する資料を収集保管するほか、技術的に関連の深いアジア諸国の焼物なども併せて展示しています。

ーーーー基本情報ーーーー

住所:〒902-0065 沖縄県那覇市壺屋1丁目9−32

問合せ先:098-862-3761

営業時間:10時~18時(毎週月曜定休)

アクセス:自動車で那覇空港から約20分程度、ゆいれーる牧市駅から徒歩約10分

やちむん焼買うならここ!

やちむん焼は民芸品です。民芸品とは”民衆的工芸”の略称ですが、ようは民間で生み出された芸術品です。しかし展示して眺めて楽しむのではなく、”使って楽しむ=実用の美”が民芸品の本質です。

やちむん焼は、ぜひ使って楽しんでください。日常でつかうことにより、質感や重さ、フォルムや意匠の意味、作者からのメッセージに気づき、より愛着が湧きます。

わたしがおすすめする、やちむん焼のショップをご紹介します。

壺屋陶芸センター

壺屋通りに面する、壺屋町民会自治会が経営するお店です。壺屋に点在する20以上の窯元の作品を一堂に集め、展示・販売しています。各窯元の作風をチェックする場所として最適で、お気に入りの作品を見つけたら、ぜひ窯元さんも訪問してみてください。

ーーーー基本情報ーーーー

住所:〒902-0065 沖縄県那覇市壺屋1丁目9−1

問合せ先:098-863-2298

営業時間:10:00~18:30(10~翌3月は~18:00)※毎週水曜定休

アクセス:自動車で那覇空港から約20分程度、ゆいれーる牧市駅から徒歩約10分